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娘が裸で文庫本を読んでいる

娘が裸で文庫本を読んでいる。オムツも履かずに。


ビートたけしの『少年』。義母が置いていったものだろうか。面白いのか?まさか。娘はまだ2歳なのだ。

これは、いじけている。

 

『半人前がぁ〜いっちょまえに、部屋の隅っこ、ずっと見てやがるぅ〜』という歌詞が脳内で再生される。2歳だったら何人前なのだろうか。

 

しばらく後に妻が、「あれは私達の真似なのかな」と言った。「私が話しかけても、両親は本に夢中で相手をしてくれないことがある。それは気分の悪いことだ。それを真似て両親へ復讐してやろう」と娘は考えている、という解釈らしい。

 

その日、娘は機嫌が悪く、保育園から帰ってもトイレへ行こうとしなかった。痺れを切らした私は、無理やり娘を担ぎ上げ、トイレへ座らせた。娘は号泣し、トイレから降りようとした。しかし私は抑えつけた。

 

それからシャワーを浴びせようと服を脱がした。さらに娘は号泣しながら手足を激しく動かし、抵抗する。DV。性的虐待。そんな言葉が頭に浮かんだ。しかし私は手を緩めない。

 

「おかしゃんとはいるー!」娘は泣き叫ぶ。私ではなく、母親とならいいのだ。しかし妻は、「お父さんと入って」とつれない。娘は裏切られた。妻に余裕があれば、娘をシャワーに入れたのだろうが、妻は夕飯の準備があり、さらに2か月の次女も泣いている。

 

苦闘の末、何とかシャワーを浴びせ終えたのだが、その結果が冒頭のいじけだ。最近は、いじける時間が長い。以前はすぐケロッとしていたのに。

 

考えてみれば、シャワーなんて泣かしてまで入れるものでもないと思う。時間をズラして入れればいいし、1日2日入れなかったところで死にはしない。臭くはなるだろうが、私が困ることではない。

 

私は意地になっていたのだ。娘が泣き叫ぶことで。「ワガママ言いやがって!」「これぐらい当然だろ!」

 

最近河合隼雄を再読したが、「日本は父性が足りない」という趣旨の文章があった。「これは父性だ!」いじける娘を眺めながら「河合隼雄が言ってたし」と心の中でつぶやく。おそらく私の理解は誤っていると思いながら。

 

しばらく時間が経って、テレビを観ていると、娘が隣に座った。娘はテレビをを観ながら、私の肘の裏をつまむ。娘の癖だ。柔らかい皮膚が気持ち良いのだろうか。私にくっついて座る娘を感じると、泣かせたことへの罪悪感が込み上げてくるのだった。